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2012.04.16 (Mon)

「文明の衝突と21世紀の日本」(サミュエル・ハンティントン)について

もう5年も前に書いた文章だけど・・・
大学入って初の授業で扱った本。
今頃ハンティントンが生きていたら、どんなことを想うのか。



「文明の衝突と21世紀の日本」
サミュエル・ハンティントンの分析・見方の利点と弱点/効用と功罪について

様々な問題を抱える現在の国際社会に対し、サミュエル・ハンティントンは独自の理論を展開し、あるひとつの指針を示した。それを著したものが「文明の衝突」である。彼のこの斬新且つ大胆なアイディアは世界の人々を魅了し、広く受け入れられたが、その功能とはいかなるものであったのか。国々を文化・文明で分け隔て世界を見るという方法は、果たして現代の国際社会に本当に即したものなのであろうか、ここで改めて議論する必要があるだろう。

 まず、ハンティントンのいう文化・文明の境界線と言うのは何を基軸にして定めるものなのか。文化・文明とはそれぞれの集団がその特徴を活かし形成する人間としての所産であり、そこには様々な要素が存在する。地球上のあらゆる地域で文化・文明は発達し、それらはまるで異質のものであると考えがちだが、その文化・文明間には常に人類の発展という共通概念と異文化交流が存在し、その相乗効果により更に発達していくものである。ここで彼のいうように文明・文化的分断を行ってしまえば、人類の更なる発展は望めないのではないか。文明・文化とは言わば人類の営みそのものを表す指標であり、それをある一つの視点から見て分割することは国家同士の理解の妨げになる。文化的な親近感が実際の外交や政策に結びつくかどうかというのは全く別の問題である。

 著書の中で雄弁に持論を展開するハンティントンだが、ここには多くの疑問点、問題点も見受けられる。彼の見解には楽観的で現実味のない部分も多々見られる。では、それにも関わらず世界が魅了された理由とは何なのか。人々がそこに求めたものとは一体何だったのだろうか。

 ハンティントンは著書の中で「文明の衝突」論という、全く新しいタイプの命題を提起した。新しい見地を開拓し、雄弁に語るハンティントンは自信に満ちている。持論に対する明確な見解を貫き訴えかける姿は人々の心を捉え、これは一種のアメリカ人の特質とでも言うべきか、人々はその断固とした態度に少なからず期待を抱いた。彼の表現の思い切りの良さは「人間の安全保障」を著したアマルティア・センと比較すれば一目瞭然である。

 しかし、いくらハンティントンといえども、ここでの「文明の衝突」論はいささか唐突だったのではないだろうか。ここでの彼の立場は圧倒的に西洋寄りであることは明らかで、様々な地域が複雑に絡み合う現代社会の問題解決を図るのに適宜であるとは言えない。それでは、ハンティントンが「文明の衝突」論を提起することで私たちに示したものとは何だったのか。この斬新なアイディアが台頭したことで、様々な議論が交わされた。私たちはより広い視野を持って、将来への展望を開く道を模索していくこととなる。それこそがハンティントンの狙いだったのではないだろうか。「文明の衝突」論から湧き上がる新たな議題に目を向け、打開していくことが将来への展望を開く為の鍵となるだろう。
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